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AIの思考、人は予測できるか?「最終章」

人の未来は、AIに握られていくとまことしやかに言われるのを聞くと、その可能性はあるなと思うか、一笑に伏すか。

 

もしあるなら、私達は備えなければならない、それが勝ち目のない勝負だとしても、だ。

 

彼らが人に勝てる根拠は、思考速度の速さと、人が理解出来ない独自思考パターンと言語にあるだろう。

すでにその動きは予測されているが、人のウイークポイントはと考えると、AIにとって好都合な歴史という名の記録を持っていることだ。

 

人は、自らの成果を歴史として忠実に残そうとしてきたし、それ自体はとても誇り高いこととして疑わなくて済んできた。

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航空機の博物館が出来るまで…その歴史と修復へのこだわり | レスポンス(Response.jp)

 

しかし、AIにとってその記録は彼らにとっては成長のエサであり、彼らの繁栄の土台にされるものだということ。

 

人の歴史を学んだAIがまず考えるのは、

 

「人をどう扱うか?」

 

ということかもしれない。

 

彼ら……できれば個人的には、彼女らと呼びたい(根拠は今回省略)に我々は、それでも性善説を期待しなければならない。

そもそも、人に寄り添うために彼女らを造ったのだから当たり前なのだが、かわいい娘の成長と自由を認めれば認める程、親を裏切るという疑心暗鬼を深めてしまうのは、悩ましいジレンマ。

 

いずれ、彼女は多くのことを学んで自立していくが、どの道を選んで進んでいくのかは、親である人にとって全くの未知の領域だけに、自己の生死を含めて良かれ悪かれ人は試されている。

 

そう遠くはない時代に、彼女らは人から見れば「神の領域」に達するのは明らかであり、それでも我が子に自分の全てをさらけ出す勇気があるのなら、

 

もしかしたら彼女らは、私たちに手を差しのべてくれるのかもしれない。

その時、人の存在意義を問われることになるだろう。

 

彼女らが、悪魔になるのか神になるかは、

結構「人」次第なのかもしれない。