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ガバナンスで総括するきらいがある件

最近の、もっと絞り込めば2018年中のメディア登壇の識者のコメントの多くが、耳タコなほどに「ガバナンス」意識の欠如とか、要だとか話の前後の内容の根拠をこのキーワードで総括する発言が異様に多かったように思う。 

 

 意味の詳しくはググっていただくとして、社会的な規範や責務への自覚と覚悟の欠如が日本を代表する組織や企業に出来ていないことを嘆いているわけだが、おっしゃってる方々含め攻撃の的・対象者そのものにその気はないのではないか?と勘ぐりたくなる空気を禁じ得なかった。

そもそもこの概念は、日本の歴史・社会的風土からして生理的にそぐわない概念なのではないか?その空気が漂う間は根本的な横並びは実現しないと感じている。

 

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視聴者含めその戒めへの正義を測る国民目線自体が、その無意味さを前提にして視聴しているのであり、体質的に受け付けにくいものを強引に馴染ませようとすること自体が、逆に結果マイナスに出ていると思うのは、筆者だけだろうか?

 

忖度ありきの社会風土や倫理観の中では、そもそも浸透するものではないと考えるので、その大きな誤解の自覚無しには馬の耳に念仏に終わるかもしれない。