くろまのパーソナル・ワークショップ

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スマホ・ITプロダクトの進化が、昔も今も改善されないこと

スマホは我々の生活にはなくてはならない生活の一部になってしまった今においても、コンピュータ黎明期から始まったITガジェットの環境デザイン・機能性の追求に対する関連企業の取り組みが、環境プロダクツというより単なる最新技術をお披露目するだけのプレゼンツールにしかなっていない現状。

それを見るに連れ、業界の黎明期にメリカでのXEROX社の社内展示物だった埋もれた技術をスティーブ・ジョブスが掘り起こし、画期的なデバイスとして社会に広めたムーブメントを、台無しにしているようにしか見えない。

 

「最新ガジェットその製品化と更新」

の話題は、新しもの好きな男性お宅を中心として、常にサーチされ何事においても絶対的な評価基準にされる傾向は、昔も今もおそらくこれからも変わらないかもしれないが、その傾向はそうしたニーズよりもメーカー側の「手抜きマーケティング」でしかなく、会社の全資産における、開発費の出し惜しみと経営者の効率性への強欲さをはっきりと示している、と言い切っておきたい。

 

その背景から、スマホを一つの社会的な生活ツールとして総合的なトレンドを示しているのは、残念ながら未だにiPhoneで知られるApple社のみではないかという、残念な結論に落ち着いてしまう。

かつて筆者が工業製品の開発の魅力について教わった頃に、その時代時代のプロダクツの在り方は、技術革新より環境や要求に正しく応える機能性を総合的に考慮されたものでなければならないと知って感銘を受けたが、その後何十年と経ってもその思想はごく一部の限定的な選択肢でしかなく「あるべき姿」として広まっていない現実を見てしまった。

 

 最先端・最新の技術を使った製品を、誰よりも早く自分のものにできるという満足は、安くない身銭を切った側としてはとても高いが、それは一時的な満足度で終始し、ある意味企業のマーケット戦略の肥やしにしかされていないような、悲しさを感じてしまうのだ。

 

 本来そうした効率性と同時に、メーカーは社会性や環境全体のトレンドを予測し、使い勝手が自然で逆に時代の方向性までも一緒に製品に取り込んだ「革新性」に投資すべきなのに、そうしないメーカーが大半でしかもユーザーも大半がそちらを評価してしまう「コスパの虜」になるのはいかがなものか!!!と叫びたいところだが、現実はそりゃそうだと最近納得する日和見な自分が悲しい。

 

wired.jp

スマートフォンの同質化が進み、「奇抜な新機能」で挑むメーカーたち|WIRED.jp

 

最近、Appleさえも業績は下がっているなかで、弱気になる自分がいる。

大人になって現実を知り、理想と現実の間を意識した時点で、この手の話題からは手を引いた方がいいのかもしれないが、iPhoneが提唱するような世界観までプロダクト化する企業姿勢は、机上の空論と言われようが若い開発者に忘れて欲しくない唯一無二の信念だと思うから、よい流れが根絶やしにされないようにめんめんと引き継いで欲しいと思う。

 

そうこういう自分が何より一番腹立たしいのは、「ジジイ化」する己の発想の貧困さだということを、最後に明かして締めたい。