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ゴーン氏仮釈放で見える、日本式司法の危うさ

このテーマについては、当ブログで何度も書いてきたが、先日ルノー日産三菱連合のトップ会議の結果が出たことを踏まえ、不参加とされたゴーン氏だが、彼の仮釈放劇を見てその国内外への、今後の影響を再考してみる。

 

ゴーン氏は、経営者としては、第一級のスペシャリストなのは今も変わらないが、担当弁護士の日本メディア対策に失敗し、せっかく長期拘留という検察側の悪癖にメスを入れるチャンスを逃してしまったが、メディアは三面時事的報道を繰り返し、彼の罪だけを強調するばかりで、本当にそのスタンスでよいのだろうか。

 

その後の彼の国内での扱いは、日産独自の不正調査報告に基づいて有罪色が薄まることなく、釈放ではなく仮釈放の正当性を考えると、担当弁護人が仕掛けた長期拘留問題への反抗は、実質的な負けと見られても仕方がない。

 

しかし、日本独自の長期化傾向の拘留期間問題の海外バッシングを、一旦回避したにせよ根本的な解決になっておらず、例えばお隣韓国の司法機能が崩壊していると言われたり独善的と批判されるが、日本のそれも平等な人権に敏感な国から見れば完全独立と言い難く、個人尊重というより国益優先の色は隠せない。

 

web.smartnews.com

ゴーン氏は無罪でも名誉回復は無理!?日本メディアの歪んだ「人民裁判」 (ダイヤモンド・オンライン)

 

先に進行中の、学校法人「森友学園」前理事長、籠池氏夫婦の事件と同様、個人の正当性が不透明にされやすく、その証明は国益(権利)側より私益(権利)側に負担が大きく、国益侵害を根拠に政府の介入も辞さないスタンスは、極論にしても強者からの弱者いじめの図式を思い起こさせる。

 

この国内の空気は、ことによっては全体主義的な傾向を醸し出すリスクと、それに敏感な半島側諸国の日本叩き材料にされ、国内の自称社会主義者の言動への正当化に利用され、その結果ますます国民は純粋に国を愛しにくくなるばかりか、日本人が得意とする団結による課題突破を難しくするかもしれない。

 

国それぞれの司法の独自性は、どの国にも一定避けられないののグローバル化する中で、一見国益優先に度が過ぎるとそれが仇になる姿が見えてくることがよく分かる。

 

gendai.ismedia.jp

ゴーン氏保釈を勝ち取った「無罪請負人」の手腕と信条(伊藤 博敏) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

 

さて話を今回の主人公にもどすと、あれだけの経営手腕をみせた彼がこのまま静観するとは思えないし、強硬手段は取らないにしても今後なんらかの動きをしてくるのは間違いないだろう。

 

それが報復とかではなく、経営者として実力をなんらかの形で挑むようなポジティブなものであることを願うが、国内では尾ひれがついたように必要以上に悪者扱いされるゴーン氏も、事実日産を窮地から救ったのだし、むしろその際に解雇された元被雇用者側の配慮が強いのも、情報の透明性を弱くする要因になっている。

 

もう一つ肝心なことは、公平な裁きという点では日産の現幹部への罪についてはお蔵入り(司法取引含む)にされている事実は、けっして日産が一時的に窮地を脱したように見えるも、フランスの思惑を引き摺りつつ完全復活への困難をより強めている。

 

自動車業界に限らず、国際企業連携に潜むリスクが明るみになったことで、今後お隣中国・韓国関連企業は、ますます積極的なリスクどりが難しくなっていて、少しでも失敗を出すと、神経質になりつつある株主や、「叩き得」を狙う理不尽なメディアの格好の標的にされるだけに、より企業が国際市場案件へ消極的にならないか、影響の余波は国民全てに他人事ではなくなっている。