くろまのパーソナル・ワークショップ

生活・仕事への分析力向上を目指し、あえて辛辣に物言います。

ネット慣れを危険視するか、しないか

今現在存在する情報メディアで、国内のTVメディアは、ネットメディアのそれと比較して、スポンサー意向に完全に左右されたり、広告審査組織による一定の治安や問題を脅かす映像や情報を、コンマ何秒の単位で編集・カットされていることは、知られている。

 

ネットメディアは、未だマシとは言われながらも、サプライヤー独自の規制や統制があり、メディアによっては偏った内容になっている。

 

www.washingtonpost.com

Creepy cloud looms over Rehoboth Beach, Del. - The Washington Post

 

上の記事のような例は、異なった国の情報が根本的に間違って誇張さているが、みなさんはこれらの情報メディアを、バランス良く利用されているだろうか。

 

TVメディアは、制作進行とスポンサー決定が平行に行われるので、番組内容が出資の影響を大きく受ける一方、各ネットメディアはまだ番組に後からスポンサーがつく分、制作内容の自由度がある程度担保される。

 ただ、TVや映画などのオールドメディアがネット参入していて、培った技術力と演出力を駆使して、短期に勢力を強めている点は注意しなければならないが、プッシュ型の情報発信を除けば、まだまだ選択に自由度は高い。

 

また、アメリカ型のネット統制と、中国型のそれとでは相反する意図があるために、あくまで前者の仕組みが前提になるが、それでも情報の確度や信ぴょう性の判断には、自己責任のリスクは避けられない。

 

そんな、選択も判断も自由なネットメディアが、今後より商業化が進化していくうえで、絶妙に曖昧で巧みに情報誘導を強いられる時代に、既に入っているなかで比較と読み込みにより、情報の先にある意図を見抜く技術を身に着けるためには、より自由な姿勢と目線が求められる。

 

その道程で、慣れと言う油断がどれほど危うい行為かを自覚したいものだ。