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去るものと継ぐもの

いち政治家の死をもって、このテーマを語るのは本望ではないが、筆者の好きな近代史の戦中戦後の政治に関わった王道的なキャラクターの死においては、良い機会だろうと思い、書く。

 

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中曽根 康弘(なかそね やすひろ)元首相が101歳で死去|経歴を振り返る | 日本最大の選挙・政治情報サイトの選挙ドットコム

 

戦中彼は満州上がりのいち帰還兵として日本に戻り、日本復興の全てを見てきた生き字引であった一人で、一時期風見鶏と揶揄された彼の基質は、裏を返せば中庸道に徹したバランス重視派だったのだろう。

 

その一歩引いた目線と行動によって、世界の中での日本のあるべきビジョンを具現化させ、筋道を作った。

多くの政治家や識者が口を揃える根拠がそこにある。

 

ざっくり言えば、国営を民営化させ、経済面で国の国粋化を排除しながらも、靖国参拝の政治家としての愛国者でもあったのだ。

 

彼は、上に記事では5本の指に入る長期政権ホルダーでもあるということが、長期政権を成し遂げる安定性が、どれほどに国益につながるかを証明したことになる。

 

安倍政権が、そのトップにのし上がった理由が、他の歴代首相と比べ安倍総理の実力だけではないにしろ、方向性が正しい……むしろまだ道半ばであるにしても、長期政権の持つ血脈を正当に受け継いでいるのではないか。

 

道半ばとは、憲法9条改正の完成を待たずしてという意味だが、歴史に残すに恥じないレコードホルダーとなるには、消費税問題を後回しにしてでも貫徹すべき使命を果たして成せること。

 

この課題に、未だ多くの国民が特定の国外の政治介入によって、惑わされ道を踏み誤っている姿を、中曽根氏はどう思いながら去って行ったのか。

 

その意味で、過去のアーカイブをこの機に紐解くのも良いかもしれない。

 

死とは残されたものには、時として残酷なものだ。

 

未来を語る声を絶たれた結果残された者には、いかようにも加工できてしまうし、活かすこともできる。

 

今を、そして未来を引き継ぐ者へ、一政治家の死がどう活きるか期待したいものだ。