消えてゆく?日本の誇る自然信仰
以下のニュースはまだまだ事の走りに過ぎないかもしれないが、自然を学び敬う精神は海外でもネイチャーセイビンングなど自然保護活動などが、あらゆる不正の隠れ蓑として善意の表明として存在する。
一方、日本は創世記からこの概念は標準であり、自然の中に八百萬の神を祀り、自然を敬愛し自然と共存してきた点で、一見同じようで実はどれほどの意識の差があったかを、見直されようとしている。
「自然学校」が経営窮地 新型コロナで損失18億円 | 共同通信
その先行した優位性を、保つどころか忘れ去られようとする動きは警戒されていいはずで、我々にはあまりに自然な概念だけに、損失の危機感さえ起きないかもしれないが、今超自然な方法で人為的にこのウイルスをきっかけにして、大変革が起きつつある。
その変化の多くが、日本が古くから引き継いできた宝物を無効にするものではないかと気づいた時、日本は世界にとって「ただの極東の小国」となる。
そんなバカな、と今ならまだ多くの諸氏があざ笑うかもしれないが、このままならあとほんの数年で気づいたときの後悔では遅いし、決してそうならないと言う意識が多くの日本人を支持していると信じたい。
彼ら(主に差別・共産思想者)にとって、極東の奇跡の国はウザくてたまらない存在であり、この国が今まで生き残って来たことで、どれほどの邪悪が阻まれらかを、我々は自覚しておかなければならないし、これからも孤独でありながら、かかる火の粉を振り払っていかねばなら無い。
こんな意識は国粋主義だと、一部の彼らはくってかかるだろうが、理解している人なら、それが横暴で極端で矛先をずらしていることが、ハッキリと分別がつくだろう?
過去の戦争の敗戦の代償にとして最も大きな痛手は、日本がどの国より長く継続し、ただ一人の王除いて全て平等で多くの自由を認めた国、そしてその存在を愛することを危険視する条件をのまされたことだった。
この70年あまりで、我々は生まれた国をただ愛することさえ文句を言われ、国の旗を休日に掲げる行為を阻まれ、国内事情よりも海外事情の報道を優先したニュースだけに囲まれる。
そして5Gの普及でその干渉は微に入り細に入り、24時間365日我々を束縛し、気の緩む暇も赦されないほど、日本悪をささやき続けられる世界を、このどさくさに一気に普及させようとした。
これは日本人にとっての問題だけをあげたが、他のどの国でも国家崩壊への危機をま逃れないし、国の概念崩壊によって、世界は一つになる。
世界は一つになる?人類皆兄弟?
冗談でしか無い、かつて戦後を闊歩した政治家や実業家は、一つの共通した夢を描いていたかもしれないが、どうやら大きな誤解をしていたかもしれない。
彼らが残そうとした日本の思い、それは偉大で尊いものだった。
これは今では多くの有志が亡き後確かめようが無いが、おそらく本意であったろうし、彼らは本気でその未来を夢見て、彼らの靴を舐めるるに甘んじただろう。
しかし、世界の意図はその真意を理解さえせず、植民地支配を改めようとさえしなかったのだ。
もし、日本の有志が描いた夢が本当だったら?
それが着々と利用されようとしているのなら?
君はどうする?
君はどうする?
君は?
蹂躪されて、黙っているか?
(どうでも良いが、これはある特撮ヒーロードラマのテーマ歌詞の抜粋)
面から見れば、この些細な変化は日々の生活で些細な事だ。
こんなちっせーこと気にするほうがカッコ悪ー、そう思う?
止めはしないし、声を荒げ引き止めもしない。
日本を愛すると言うことは、もっと崇高なことかもしれないし、懐の深いことなのかも知れない。
でもね、その本質を知っている人、理解して行動してる人はそれで良い。
ただ、この日本人なら当たり前に思える意識は、子どもに伝わっているだろうか?
自然を美しいと感じる、畏敬の念を抱く、それ自体素晴らしい事だ。
コロナウイルスは、アンカーにされて本来全く関係ないことが無理やり紐付けられ、この驚異に打ち勝つことが正義と祭り上げられ、すべての基準が決められてい行くだろう。
裏を返せば、その逆賊はすべからく悪であり、たとえ自然崇拝さえ必要あらば否定されていくシーンを、今後は何度も見るだろうし、その行為に慣らされていくだろう。
今なら、これに違和感を感じても、数年後にはな~んも感じ無くなっている自分を想像してほしい。
今なら例えば中共政府の下す行動が、ジワジワ浸透させる手法の恐ろしさを教えてくれているが、数年後はどうだろうか?
これが、彼らの洗脳の歴史で学んだ、究極の洗脳術であり、これが肉体を持つ人間の最大の弱点である以上は、抗う精神力をどう削いで行くかが、彼らの腕の見せどころなのだ。
こんな極悪集団の中共政府も、手の内を証してしまった分まだ極悪ではないかも知れない。
我々の本物の敵は、自分の中にある。
彼らのような外部要因は、内部に潜む悪にささやき、持ち上げ、軽率な考えや行動を引き出そうとしているだけで、彼らは強制せずとも目的は達成できる。
我々が、自然の恩恵に感謝せず、畏れず、教えを請わなくなり、もし忘れてしまうことがあれば、その愚行が人類最大の驚異として利用されることも十分あり得る。
自然に無限の神を見出し、人と同様に畏れ敬い、平等に活かそうとする精神力を、多くの日本人はまだ知っているし、海外の人の中にもそれを認め、敬意をはらうものも出てきた。
その原型は日本だけで無く、チベットやインドにも、東南アジアにも中南米にも、かつては北米にも欧州にさえ在った、人間の最高の知恵だった。
それがなぜ無視され、足跡を消されているのか、それが理想の未来だと思わされ、強制されるのか?
その追求の果てに、日本人は何を成すべきか、そして忘れてならないヒントと答えがある。