くろまのパーソナル・ワークショップ

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「中国の経済圏成長と日本の外交戦略」まとめメモ

中国の経済圏の急拡大が、今まで米英を中心とした経済圏が当たり前だった資本経済に、どのような影響がでるのだろうか、と考えてみる。

 

その新興経済圏は、とてもユニークで今のところ日本人にとって正義か悪かは判断しかねる段階ではあるものの、安倍総理は中国とインドという2大アジア経済国家との派遣争いを見越し、その間になんとか食い込もうとしている。

 

中国に対しては、米中貿易戦争勃発中でそれまで習近平氏の日本に対する風向きは凪だったが、ここに来て表情も和らぎ中国経済圏拡張の手段として日本を取り込もうという意思を見せていることを利用して、提携を持ちかけることに成功。

 

対インドは本来親日なこともあって、マハティール氏の独自経済路線に沿ったインド経済圏を、日本のシーレーンと併せて中国侵攻を防衛面から支えることで、協力体制をとることに成功した。

 

国内行政では未だ左派系の反発が続き、安倍政権はねじれを矯正できない印象が強いが、外交面では流石に長期安定政権としての利点が功を奏してきたことで、総理の個人的な問題を引き摺りつつも、国内経済安定化に効果を出しつつある。

 

お隣韓国は、北朝鮮との平和外交に寄与したトピックも一段落したことで世界的知名度が落ち着いてしまい、パッとしない印象で日本に対して地味に、賠償請求やアイドルを使った原爆被災者意識を刺激するなど、相変わらず細かい攻撃を続けるも、韓国経済圏は景気悪化傾向は、地味に進行中であり今後日本へのさらなる集り外交を進める可能性に、予断はゆるされない。

 

あと、台湾とは商業や技術提携で引き続き親密さを深める傾向ではあるも、台湾鉄道の大規模事故で、慎重なサポート連携が求められ今後の課題になりそう。

同じ中国経済圏として香港とは同様の連携を一歩踏み込むためにも、災害対策のノウハウ共有なども含め、より文化面と技術面の連携を密にする方向が望ましい。

11月、年末に向けての経済短観 2

今週は、為替ではドル円・ポンド円・豪ドル円が上昇トレンド、

ユーロドルは大幅下げ、ユーロ円もユーロドルにフォローで、

今月は金利引き上げ見送りで双方下落、乖離が目立つ、

ドル円・ユロドルどちらに付くかで上げ下げが分かれる週となった。

 

株では米株が中間選挙もあったためか一時期ダウ続落も週末には上昇し終えた、

アップルはiPhone XRの生産縮小の話題で大きく下げる、

日本は、ソフトバンクが中東市場への参入を表したことで日本株上昇に貢献、

など本来好調なIT関連株でも予想外のファンダ情報で上げ下げすることを知った。

 

12月は、特に海外市場ではクリスマス商戦などで大きく動く月、年明けまでは上昇トレンドを考慮し、急激な上げ下げに注意したい。

来年をざっくり言えば、1月は、2月中国の正月商戦などドル元がいよいよ7円台突入によって、米中貿易戦争に大きく影響を与えそう、

また、3月には英ブレグジット実施期限が迫る、ポンド・ユーロの値動きは、神経を使いそう。

グーグル・アラート(Google Alerts)

いまさら感はあるとは言え、このサービスを利用出して三年目。

 

派手さはないが地味に筆者の情報収集には欠かせない存在となってしまったこのサービスで、久しぶりにキーワードを追加した。

 

今回追加したのは、お隣の国「台湾」

 

筆者が利用している「はてなブログ」の読者登録しているブロガーでも、海外情報を積極的に発信されている方が多くなったし、自分も国際関連の記事に厚みを持たせるのにこのサービスを大いに利用させてもらっている。

 

台湾を追加したことで、お隣さんなのに知らなければならないのに、実に知らないことがどれだけ多かったかを痛感することになる。

リアルな生活でも意外とご近所の出来事に関心が薄れた昨今では、国際情報の面でも関心が薄れ出していて、多くの方が画一的とも言える、既存メディアのプッシュ情報で事をすませてしまっていないだろうか?

 

また、グーグル・アラートのようなカスタムアラート的なサービス利用者でも、自分の好きな情報収集に特化して利用する人の方がおおいのではないか?

 

重要なのに関心のない情報、普段避けている情報などを時には追加して、自身の知覚を刺激してみたり、それが自分の新しい才能の発見に繋がったり、閉鎖的になる国内メディア情報の偏りは、すこし解消されると思っている。

 

できれば最低「英語」は読み書きできると理想的ではあるものの、それさえも「グーグル・翻訳」を使えば、完全でなくとも海外メディアとの発想の違いや、同じ事件でもその正確さや論点の違いくらいは読み取れるので、十分ではある。

 

今のところ筆者の見立ててでは、iPadApple)よりAndroidGoogle)の方が、便利に使えている気がするように、グーグルのネットワークサービスはとても心地よい満足感があって好きだ。

 

グーグル・プラスも好きだったが、サービスを終了する方向らしいし普及度がよろしくないので今はあまり使っていないが、これからのGoogleの繰り出すネットワークサービスに期待したい。

 

メディア叩きの記事に対する閲覧結果。偶然か、必然か?

ここ数年来の筆者の短観では、このブログでも何度か書いたことのまとめみたいになるが、国内・外のメディア、特に国内(日本語)により発信される情報には、違和感を覚えることが多くなっている。

 

これは余りにも大雑把で感覚的だし、あくまでも一個人の実感でしかないと断っておいても、少しきになることもある。

 

ただの偶然であっては欲しいのだが、このメディア批判を匂わす記事を書くと、閲覧数が0(ゼロ)になるのだ、見事なまでに。

 

この点は、許されるのであれば他のブロガーさんにもご意見を伺いたいところ。

 

そもそも、その実感は筆者が「そう感じる」ことは事実なので、素直に書いているだけで、誰かから強制されているわけでもなく、筆者の思想が偏っているわけでもないし、特に多種の内容を分け隔てるわけでなく私見を記事内容に素直に書いているだけだが、先日閲覧数を見ていてあまりにもわかりやすいほどの違いがあったので、記録しておくとする。

 

たしかにこのブログは、文体をわざと「上から目線風」に書いているので、批判記事を書くと、日本人にはかなりキツく見えるのは承知していて、その点で総体的に閲覧数が低くなるのも承知の上で書いているものの、

 

なんで、メディア批評だけ?

 

と素直に思ってしまったが、たぶん偶然なのだろう……と思うんだけど。

好きに書けるのが、ブログの良いところなので、このブログに関しては初心貫徹していくつもり。

以上です。

メディア叩きの記事に対する閲覧結果。偶然か、必然か?

ここ数年来の筆者の短観では、このブログでも何度か書いたことのまとめみたいになるが、国内・外のメディア、特に国内(日本語)により発信される情報には、違和感を覚えることが多くなっている。

 

これは余りにも大雑把で感覚的だし、あくまでも一個人の実感でしかないと断っておいても、少しきになることもある。

 

ただの偶然であっては欲しいのだが、このメディア批判を匂わす記事を書くと、閲覧数が0(ゼロ)になるのだ、見事なまでに。

 

この点は、許されるのであれば他のブロガーさんにもご意見を伺いたいところ。

 

そもそも、その実感は筆者が「そう感じる」ことは事実なので、素直に書いているだけで、誰かから強制されているわけでもなく、筆者の思想が偏っているわけでもないし、特に多種の内容を分け隔てるわけでなく私見を記事内容に素直に書いているだけだが、先日閲覧数を見ていてあまりにもわかりやすいほどの違いがあったので、記録しておくとする。

 

たしかにこのブログは、文体をわざと「上から目線風」に書いているので、批判記事を書くと、日本人にはかなりキツく見えるのは承知していて、その点で総体的に閲覧数が低くなるのは承知の上で書いているものの、

 

なんで、メディア批評だけ?

 

と素直に思ってしまったが、たぶん偶然なのだろう……と思う。

好きに書けるのが、ブログの良いところなので、このブログに関しては初心貫徹していくつもり。

以上です。

深圳(シンセン)ブランドの明と暗

中国の南東部、東シナ海沿岸に位置する注目の都市深圳

下記事のように、訪れたものを驚かせて、大きな期待を抱かせているらしい。

 

www.huffingtonpost.jp

超急成長都市「深圳」で体験した「中国の現在」と「日本の未来」(上)--鈴木崇弘 | HuffPost Japan

 

この記事は今更ここまで祭り上げすぎなきらいもあるが、世界の工場として注目されて久しく、4、5年前から流通業界では良く知られた街だった。

今では、その衛星都市も発展し、中国中東部一帯が、プロダクトの企画開発から製品ラインアウト、デリバリーまで一貫して完結できるまでに成長し、大手企業でなくとも個人でさえ通販小物レベルから、ちょっとした家電までを夜に送り出すメーカーになり得る程。

 

その深センならずとも、中国が推し進めるIOT技術の実用化が日本と比較しては大規模に自称実験されている。

規模がでかすぎて、自称実験レベルでも本番と同等に流通する、中国の懐の大きさが、こうした大げさな表現につながるのだろうが、実際訪れた者ならこの位の衝撃を受けても当然かもしれない。

 

殆どの諸国で、規模的にここまで自称実験が行われる国は類を見ないため、様々な視察団が言っては度肝を抜かれるらしい。

 

かつてあり得なかった規模の事象は、中国の政策の象徴としてブランド化された。

 

しかし、この事象は他国でそのまま通用するスタンダードな実験でなく、中国仕様のそれであるとすれば、数の論理で推し量って通じるかどうか、はなはだ疑問に思うし、世界のマーケットが中国仕様に染まる事を目的としていることも考慮すれば、お祭り騒ぎするジャーナリストやアナリストの意見は、引いて見たほうが良いだろうし、むしろ中国側の情報戦略とも取られかねない。

 

書いてある現地の状況はウソではない、興味のある人は是非とも観光旅行を兼ねて楽しんでくるついでに、自分の目で見て役立つかどうか判断しても大して手間暇はかからない。

 

ひとつだけ心得ておきたいのは、中国はアメリカ同様あらゆる方法で個人情報を含むデータを今かき集めている時期だと言うこと。

なりすましに利用されないように注意はしたい。

 

 

北朝鮮・韓国がつながる時代の意味と、その先の世界

北朝鮮の態度軟化をきっかけに、40年以来のふたつに分断された国がひとつになろうと関係を深めている。

この新しい動きに対する筆者のスタンスは賛成でもないし反対でもないと予め記しておいた上で、このエピソードを起爆剤にした経済の動きについて書く。

 

this.kiji.is

板門店のJSAで非武装化が終了 南北と国連軍、42年ぶり | 共同通信 - This kiji is

 

日本からすればこの動きは、地政学的に見て本当にすぐ隣の国の出来事だが、国内ニュースを読んでも世間の話題からも、注目度ははなはだ芳しく無いようだが、あえてそれに至った意味を考える。

 

もう数十年経つ、かつて戦時(第二次世界大戦)に分断され戦後併合した国が欧州にあったが、アジアでもベトナムなど影響が小さいながらも同様の事が起こっていたし、日本も第二次世界大戦集結時に、列強諸国による分割案があった事実はあまり知られていない。

 

どのケースも、その当時の列強国の思惑によって実行され、用が済めば何事もなかったように戻るという、当事者には理不尽な歴史の爪痕としても、彼らにすれば歴史観のいちページに残されるだけだが、当然ながらこの事実は列強への莫大な経済効果を生み、一方で国家間でのいわれのない格差が作られてきた事が、その目的であり事実として後読みができる。

 

そして現在、未曾有の世界的な経済やマネーの行き詰まりを見せる中で、この新たな併合エピソードが列強国にもたらすものは何なのだろうか?

 

未来は予言できないものであり、あくまで予測の範囲でしか赦されないが、ITの普及に貢献した韓国と閉鎖された市場を持った北朝鮮の併合、そしてその隣には世界第2位に上り詰めた中国は存在する。

 

 これは偶然でなく明らかに人為的な思惑が多分にあることは、容易に想像できると思うが、この動きが過去のように西洋列強によるものか、東洋経済圏資本筋の下克上を狙うものかは、まだまだ謎を多く残す。

 

 何れにしても、その両者の狭間で日本はどの軍勢に付くのかを迫られる時であり、事実安倍首相は今当に中国に赴いている。

 

かつて経済大国だった日本は、今の世界経済の地図においては落とす影は見られないほどのランクに落ちつつあると見えるほど、世界経済はダイナミックに勢力図を激変させつつあるが、安倍首相も自分の待望であった憲法9条改変の志を保留にしてでも動かざるを得ない状況がそれを示している。

決して単に保身だけで動いていないし、そんなことさえ陳腐化されかねないほど日本は追い込まれ、今重要な岐路に立たされているということなのだろう。

 

奇しくも同時期の今、トヨタが呼びかける自動車業界の「オールジャパン」構想は、政治経済の分野にこそ現実性があるが、私たちも「木を見て森を見ず」の愚行のような目で判断・行動してはならない。

 

中国や韓国が「軍国主義」だと、こうした国内の結束を口撃する動きは、もしかしたら後者勢力の思惑によるものと言えないか。

また「それが事実か妄想か」のような無意味なテーマが、あらゆる問題の場所で論議する場面が往々にして見られるが、テーマがどうにせよ共通して言えるのは端から結論を出しようがない揚げ足取りであり、それを騒ぎた立てる者が、国内経済を混乱させ私たちの望まないシナリオへ誘う目的で実行しているのかもしれない。

 

最後にリスクをとって結論を出すのは、専門家でも政治家でも社長でもない、自分自身である以上こうした今の平和に見える社会の空気からすれば、絵空事の妄想に思えるかもしれない。

ただ、その妄想は根っこのある妄想であり、その根っこが存在する事実がある以上は否定してはならないと考えている。

 

木を見て森を推測するように、同時に木を成長させる根っこは「事実」を示しているのであり、その実態は私たちの身の回りに平然として転がっているもの。

ただ、その根っこがどうつながっていて、木がどのように育つかを推測する唯一の現実であり、宝の山だったりもする。

 

その見えない根っこを掘り続ける手間と、そのつながりから浮かぶであろう森の姿を論理的に創造する時間を、本当の森を俯瞰できない立場である私たちには、妄想程度でしか赦されていない。

その現実の中、ささやかながらもその努力は無駄ではないし、むしろ手を止めたり逃げた時点で、森に飲み込まれることを意味する。

 

過酷だが、それが今の現実であり、唯一人が人として存在できるボーダーラインでもあるのだから、人として在り続けたい者は等しく怠らないよう励みたいものだ。

 

それによって、少しでも変わる未来を期待する。