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ジャパンオリジナル、軽自動車の果たす役目

 一時はガラパゴス化する日本技術の象徴のように扱われた軽自動車は、今や販売好調で、その背景にクルマ離れと道具化の流れがあって、軽自動車はそのニーズにハマっていることになる。

 

サイズ規制のために、小型車とのハンディを埋めるために、最近はどうしても箱型フォルムが当たり前になったが、小型車の開発費に比べてハードルが低いため、軽自動車を扱うメーカーは、結構チャレンジングな試みを軽自動車でできた。 

 

軽自動車に関心のある人なら名前はご存知かもしれない、人気車種のDAIHATSUのタントがモデルチェンジしたばかりで、後出しジャンケンだけあって最新機能を売り文句にトップ奪還に名乗りを上げた。

 

新型を見るに、最近の自動車で注目度の高い安全装備を惜しみなく投入していて、この点も軽自動車だからこそできた試みだろう。

追加装備は当然コストアップにつながるが、軽自動車コストが元々低いので、クルマ全体の品質が良ければむしろ買いに繋がりやすくなる。

 

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また、軽自動車は高齢者利用率も高く、安全面で緊急停止機構を後付できる体制を準備したり、福祉・介護目的のニーズも多いので、それに配慮・対応した特装も充実していたりするが、新型タントでは乗り降りを楽にするステップも後付できるらしく、買う側を後押しする配慮も実施している。

 

autoc-one.jp

ダイハツ 新型タント、福祉車両もフルモデルチェンジ|ユーザーの声を本気で反映した新装備|【業界先取り】自動車ニュース2019国産車から輸入車まで【MOTA】

 

いい事づくめなことだけでなく、ネックも否定はできない。

車庫証明不要や自動車税(今春値上げされたが)が安いというコスト面のメリットもある一方で、軽自動車はサイズ制限のために、小型な分衝突安全ボディーを採用していても、小型車に比較し絶対的な衝突安全性に限界がある。

これは、エンジンの排気量規制とともに、昔からアンチ軽自動車派に攻撃されるマストなウイークポイントで、最新の軽自動車でもそれは間逃れない。

 

 その中でもタントやN-VANのように、乗降性を狙って大胆な構造をいじった車種も注目度が高い。

これも小型車での実現はハードルが高いが、小型故相対的にエネルギー吸収量が少ない軽自動車だからこそ、市販化しやすかった優位性でもあった。

アンチ派が言うように絶対的な衝撃性や剛性には不利かもしれないが、オープンカーと同様の補強が施され、強度は確保されている。

 

kuruma-news.jp

「柱無し」車が軽でも増加 利便性重視も側面衝突の安全性は問題ないのか | くるまのニュース

 

 全体的に、くるマニアの諸氏には今更な情報に終始したが、一般向けにわかり易くまとめてみたが、軽自動車は最近こそ一部海外マニアにも人気が高まっているものの、海外規格非対応の日本専売車種だが、それゆえ最も品質に厳しい日本人の評価に耐えなければならない定めを持っている。

 

この品質目線は当にジャパンクオリティの証明となるものであり、海外に向けても立派な広告塔として機能しているし、日本の姿勢を世に示していないだろうか。

 

言いたかったことは、今後も軽自動車という日本専用規格は残すべきで、日本の独自アイデアを含め 低コストで様々な機能を盛り込め、市場ニーズを図るのに好都合であり、これらの実績はこれから主流になる電気自動車やシティコミューターへも、転用できることを考えると、むしろ期待が大きくなる。

管理を軸とした「働き方改革」が、そもそも日本をダメにする

働き方、という手順をいくら工夫しても仕事の改革にならない。

 

世の中に存在する仕事の大半が一定以上のコントロール下で動いているからで、

それ故管理ゼロの仕事は存在してはならない仕組みを理解したい。

雇用者は安心安定を給料で買い、被雇用者は自由を売る関係で、

そのシステム下において、むしろ創造性は障害でしかないということ。

 

www.itmedia.co.jp

自由に働く組織に帰るための3つのステップ:「管理ゼロで成果なんか上がるわけがない!」と信じ切っている人へ (3/3) - ITmedia ビジネスオンライン

 

この管理やシステムに、疑問を感じる雇用者が増えるのはなぜか?

 

管理で成り立つ社会の範疇で、創造という創意工夫する行動は働き手に生きがいを感じる事実は、昔から存在した。

さらに、新興企業は導入しやすいが、企業の成長段階の期間において可能であって、成熟段階では工夫余地は限られてくることが常識化され、創造による経済効果を抑制し表面化されにくくなっていただけではないか、という疑問符もあった。

 

上の参照記事の事実は、企業の利益拡大に組織の管理集約より、分散化が理想なのではないかという仮説を、システム構築を専門とする企業を通して証明されつつある。

 

これは、これからは分散型企業と集合型企業の争いになることを意味する。

 

前者は機動力を、後者は資本力をそれぞれ武器に総当たり戦を続けることになる。

 

その中で、集合型企業において管理型の働き方を改革する意味はもう無い。

仕事を分散化し個々に責任と創造性をもたせ、その成果をわかり易くすることで、

管理という作業そのものを無くすことができるからだ。

 

日本にはそもそも「のれん分け」という分散化システムが確立していた。

 

西洋から入ったカンパニー制度は、ピラミッド型の管理制度を東洋国家に普及させたのであり、その頂点による統制を当たり前のようにふるまっているのが、現在の姿。

 

新興企業はもちろん既存企業の成長にこの仕組みが、生産性を加速するか収束させるかは、今更考えるまでもなく特に日本にとっては、旧知を再見するのが早道ではないか。

 

統合より解放が注目される背景には、然るべき理由があったのだ。

 

そのためには、多様性の評価と情報の透明化がカギになる。

西洋バイアスからの一旦脱却と、日本の歴史から学びなおす行程を経て、

世界に負けない日本のための、創造性は再構築されるだろう。

 

ネチズン社会への心得

ネットで買い物、ネットで情報収集・発信する機会が日増しになって、当たり前と認識されつつある時代。

 

これを、避けて通れないと考える諸氏には必ず必要な基本。

自分の表現方法。

 

その表現上、まず重要なのは「個人情報」の解釈と表現方法なのはまちがい無いが、漏洩による被害者となるケースを恐れる半面、クレカ信用やポイント欲しさに過度な登録には抵抗が無いだろうか。

 

そもそもwww(笑、じゃなくてWorld Wide Web笑)は、情報交換をオープンにさせるために公開された仕組みのため、

「情報漏洩」は避けられず、特定情報隔離には向いていない。

 

企業単位では、契約上漏洩防止の自己基準は持っていても、抜け穴はいくらでも作れるので、端から漏洩上等のつもりで契約する覚悟は避けられない。

企業の社会通念上のお約束で保証っぽいスタンスを表明してるが、

正直に「ムリ」と書いたら客寄せが絶望的なので、最低の保証をしてるだけだろう。

※逆手にとって集りする輩もいるが、自己責任で。

 

その覚悟がある前提で、実社会のサービスからVR化が進む過渡期に、自己表現は実験段階と言ったところ。

 

 

 

 

スタンスは明確に、表現は多様に。

 

 

「排他的経済水域」が撤廃される可能性を考える

日本の国力と資源力を担保するのには、いくつかの国際的に共有されるルールが保持されて保たれているものがある。

 

そのひとつ、海洋資源・防衛に貢献する「排他的経済水域」は、海洋国日本にとって、死守すべき「権利」だ。

 

その権利が、単に大きな岩が一つ海面からでているのを、周りをコンクリートで固めてかろうじて保っている事実は、普段私たちには実感が薄い。

 

その島が保障する「排他的経済水域」などの日本固有の資産を自衛するには、海上保安庁海上自衛隊の力に頼らざるを得ない。

 

しかし、今後中国など西洋資本圏とはロジックの異なる国家の強力化によって、その侵犯が危ぶまれている今、日本は自衛のための手段に何をしなければならないのだろうか。

 

国内の権威や識者には「国際交渉力を高めろ」と机上の空論に始終する者が後を絶たないが、現実的に根本的なルールの異なる国に対し、西洋ルールを押し付けて勝てるわけがないのだが、彼らはそれに対し回答した試しがない。

 

日本では最近子どもの教育に「手を出すのはタブー」という慣習が根付いてしまったが、わが子でさえ時には手を出さないと解決できないことがあるのは現実なのに、

何もかもが異質の国同士が何でも「話せば解る」で解決できるとはとても思えない。

 

万が一手を出さざるを得なくなった時、相手に理解させる、または説得するためにはそれ相応の「自衛兵器」が必要となる。

 

その使用の決定には、日本にとって「憲法9条2項」が致命的なネックになるのはご存知の通りだが、現政府はそれを改変すると言っている。

 

かつての様にアメリカの傘下でまもられた(と信じていた)時代はいいが、今は真の自衛がどの国でも例外なく求められる時代。

その時代の変化に、私たちは対応すべきか、なにもせずに目をふさぐのか?

 

ただ、たとえ自衛手段をもつにしても、名乗るべき国土は果てしなく広大だ。

名にはともあれ先立つものは資金だが、

その蓄えは有るのか?

その設備はどこに置くのか?

その運営と人材育成は?

などなど……

結論を出してからも、多くのハードルが待っている。

しかし、私たちはその結論前の段階で、なぜか言い訳しながら足踏みだけを繰り返しているが、世間はその甘さを待ってはくれておらず、虎視眈々と狙っている。

 

【日曜特版】「明らかに目線逸らし、だよね?」日本黒歴史のなんだかな〜

当初は、高齢者の運転判断力希薄の要因と思われる不用意な事故が多発したかの様にメディア(特にTV)報道が繰り返された中で、このWikiにも登録される事故は、ネットメディアでは警察の「普通で無い」対応で、際立った。

 

その後もTVメディアで、年齢問わず一見同様の交通事故報道が連続する現象は、どう見てもこの案件の目線外し、だよね、と誰もが疑わないし、ある意味視聴者へのヘイトにしか見えない。

 

ja.wikipedia.org

東池袋自動車暴走死傷事故 - Wikipedia

 

保護すれば保護するほど、加害者の元在籍官庁と警察とTVメディアの連携による、「異常さ」は、ますます際立ってくる。

 

被害者関係者の間では、何とかこの黒歴史を残そうと奔走されていると聞く。

 

涙ぐましい努力だし、本来被害者がなぜここまでしなければならないのか?

 

TVメディアは不当な扱いを「スポンサーの犬」となって、他の事故で水増ししようとしている様は、もう報道・メディアの意味を呈していない。

 

中国の黒歴史「64天安門事件」と同じだ、お上がどう処理しようと、

 

ネットメディアには自動で記録が半永久的に残る、と言う事実を。

 

ただな〜中国がまだ国家的規模の黒歴史なのに、

日本はこんなチンケな黒歴史が記録されると思うと、

 

何だかなーと呆れるばかり。

 

 

 

モデルチェンジの度サイズアップって……

かつて車が黙ってても売れに売れた時代、その主役はカローラ・サニー、その上はマークII・セドグロ、憧れはクラウンだった。

 

エコ時代になった後は圧倒的にハイブリッド、プリウスは売れまくった。 

その中で、個人的に「なんでサイズが大きくなるんだ?」と日々疑問で仕方がなかったのだが、そのせいもあって軽自動車の進化に注目する立場となった経緯がある。

 

 今は? 軽自動車が売れまくっているらしい、プリウスも売れてないわけじゃないがカローラはすでに過去の遺物の扱いという国内自動車販売の現実。

例外では、プレミア嗜好向けの高級ミニバンは堅調に爆売れしているが。

 

response.jp

日産 ジューク、新旧ツーショットで比較…新型デザインは何が変わる? | レスポンス(Response.jp)

 

 上の記事は直接その現実を参照したものではないが、冒頭に示した売れ筋車種の変遷には、モデルチェンジの際の日本独特のお約束が大きく影響しているように思うが、それは企業側の思惑だったのか、素直に市場のニーズだったのか?

 

そのお約束は「サイズアップ」で、特に国内市場が先細り始めた辺りからそれは顕著になりだしたと思うが、特に大手を皮切りにモデルチェンジするたびに少しずつモデルの肥大化が必ずあった。

その理由に、デザイナーが表現しやすくなるとか燃費競争に追随できなくなった言い訳的な要素があったのかもしれないが、サイズアップしたことで海外市場へのお競争力も備わった。

 

ただ、縮小する国内市場には人と同じでダイエットしない車は不評だったようで、結局最も合理的な判断が働いて、軽自動車は売れるに至ったということか。

軽自動車は幸か不幸かサイズ制限のおかげで、国内ニーズを最も的確に汲んで正常進化したが、小型車枠は海外市場に浮気した結果、数の論理に先手を打ったトヨタ。スズキ以外は、国際市場でも競争力を弱める結果になってしまった。

 

むかし自動車交通事情が悪化し、交通事故死が顕著になりだした時代に、

「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く?」

と皮肉られたが、今は

 

「狭い日本、そんなに太ってどこがトク?」

と言われてもおかしくない、国内自動車事情。

 

話は少しそれるが、

最近何かと高齢者の起こす事故が絶えないような報道が目立つが、その映像に軽自動車が大抵姿を見せているので、高齢者と同時に「軽自動車はキケン」と思ってしまう。

ただ思うに、危険なのは運転者の年齢でも車のサイズでもなく、重要な点は運転のしかたや意識そのものであって、一概に特定の人や物で断定するものではないはず。

その原因に報道姿勢に課題はある、未だ政府関連経歴を持った高齢被疑者に関しては、逮捕されたという記事は読んだことがないとか、若年や中間層の事故報道が減っている事実。

 

もちろん私たちにも課題は残る、何れにしろ偏ったバイアスがかかることの方が害悪でしかない事実を、忘れていいはずがない。

 

話を戻す、

かつて大手で軽自動車廃絶の動きもあったが、今や自動車の価値観が変わって「移動目的」が主役になった国内で、軽自動車のコスパが注目されるのは当然と言えば当然で、狭い道路の多くて交通規制も厳しくなった今の日本によって、サイズアップが果たした恩恵と課題はそろそろ結論された、ということか。

 

 

コピー大国「中国」のなんだかなぁ

かつて日本もアメリカをがむしゃらにコピった時代があった。

 

中国は既存技術の再現性は日本のそれを超えた。

 

これから先、中国は誰も到達していない未来を、

どう創造できるのか。

 

そのためにも、世界の信用をどう勝ち取れるかの、倫理性への課題クリアはもう避けられない。

アメリカにたしなめられてる場合じゃないのでは?

 

www.gizmodo.jp

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