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日本の「護送船団方式」はまだ死なず?

日本のグローバル経済への対応を遅らせた「護送船団方式」といわれた、

公的な日本株式保護の悪習慣は、平成に入ってその成りをひそめたかに見える。

そもそもこの比喩は、危険な海域にて重要な役割の船を護衛船が囲んで本来の目的を保護することだが、その多くは日本の独自システムを護るために政府が金融機関・国際企業・制度などを税金を使って国際競争にさらされない様にすることの意味で、最近ほとんんど使われることもなくなった。

【厚労省作業部会】ワクチン企業の再編促す‐護送船団方式から脱却を : 薬事日報ウェブサイト

 

筆者が便利な言葉なので、あえて多用しているにすぎないのだが、この政府の保護が今の国内企業の国際競争力を弱めた原因であるし、そのおかげで一部の大手企業は「バブル」で贅沢を謳歌でき、いい夢を見れたのも事実だった。

 

今となっては「良くも悪くも」いい思い出で終わりそうだが、先日のNHKスペシャルでも取り上げられた、当時の金融機関破綻劇の真相のように、今でも忘れる事は出来ない爪痕をを残し、悪影響の元凶になっているのは、残念だ。

 

 

今でも、実質的には日銀のETF買い支えによる実質保護の政策は、現代版「護送船団方式」のそれと言ってもいいのではないか?

 

しかも厄介なのは、この日本伝統の”保護”システムは、

国内の多くの人にとって、むしろ前向きに思われているフシがあり、

メリットとして歓迎されている実感がぬぐい切れない。

 

この結果、海外筋から見るファンダメンタル的には、

リスク回避の常とう手段として認識されているとされ、

日本株の「便利屋」「パシリ」「アッシーメッシー(死語)」的な役割は、

日本の世界経済に対するポジションを、暗に示していないだろうか?

 

一見日本は、護送船団は必要なくなり一本立ちしている様に見えるし、政府もその態度を示し債務を増やしながら海外への大判振る舞いを止めていない。

その兄貴肌を突き通す姿が、外国にとってどれだけの感謝の念に繋がって、将来どれほどのリターンに繋がっていけるのか、特に次世代の人々は目を離してはいけない。